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100%ロゴ リベラルアーツ討論会 【リベラルアーツ 100%】

様々な専門分野の5人の教授を招いての討論会です。
1人1人の教授による10分講義の後、全体で討論を行います。
この討論会では、知識を得ることはもちろん、経験も織り交ぜながら、色々な方向から家族とは何かということを考えていきます。

 

日時

11月2日(日) 15:00~17:00

 

会場

新D館内多目的ホール

 

プログラム

  • 参加講師によるミニ講義(各10分・5人)

  • 討論

 

講師紹介(講義順・敬称略)

立川先生立川明(比較教育/教育・メディア・社会)

ミニ講義タイトル:
教育と家族、特に親子関係の変遷

私たちには家族と教育、家庭と教育といった題目は馴染みが深く、時とすると古代ギリシアから今日までのその変遷を比較することさえあります。しかし、教育の観点からしても、家族とその構成員間の関係は、この数十年の間に、または異なった国の間で、大きく変化しています。特に、両親と子どもとの関係は、革命的に変化しています。農業中心の時代、あるいは国々では、一家族あたりの子どもの数が大きく、第二次、第三次産業の発達した時代、あるいは国々では、子どもの数は小さくなります。かつては両親にとって貴重な労働力であった子どもは、現代では親に膨大な教育投資を強いる金食い虫(失礼!)となり、親にとっての経済的な圧迫要因となっています。 この変遷とその意義とを簡単にたどります。

 


成澤先生成澤光(公共政策)

ミニ講義タイトル:
現代日本における家族と個人 — 倫理的・法的・社会的問題
現代の日本社会においては、多数の「自然生殖型家族」のほかに、少数ながら「人工生殖型家族」、「養子縁組型家族」、「性的少数型家族」などがあり、家族のあり方が多様化し、実態と制度の乖離が目立つようになってきています。さらに、多数型家族についても、最近新たに倫理的・法的・社会的な問題が提起され、法制度をどう変えるべきか論争と政策提言が続いています。
それぞれのモデルごとにどのような問題があるのか、論点を具体的に検討した上で、患者の権利、子どもの権利、臓器提供者の権利を例として、個人の自己決定権と家族の関係について考えていくつもりです。
<日常の中に非日常を、非日常の中に日常を>発見するきっかけになればと思います。



守屋先生守屋靖代(言語教育)

ミニ講義タイトル:
英語の歴史と文化に見る「家族」
英語史を専門としているので、英語の歴史と文化から「家族」について考える。具体的には、familyという語の意味とそれが使われるコンテクストを7つに分けて分析する。

  1. 家族は血でつながった強いきずなを持つ(start a family)。
  2. ゆえに家族愛のイメージが伴う(a loving family)。
  3. 「生まれ」「育ち」の良し悪しとして社会的優劣を表す(a family of pedigree)。
  4. 宗教や貴族社会の理想として崇める対象となる(The Royal Family)。
  5. 学問上の分類、仲間分けに使われる(language family/ICU Family)。
  6. しかし、家族は時として重荷重圧ともなる(family pressures)。遺伝は否定的に使われることの方が多い(family history of breast cancer)。
  7. 核家族(the nuclear family)が言われて久しいが、現代の家族は複雑な問題を抱えている(single-parent family, broken family)。

以上の分析を通してこれからの「家族」のあり方を共に考えたい。

 


北原先生北原和夫(物理学)

ミニ講義タイトル:
生みの親か育ての親か?科学者の目から
家族関係が多様化している中で、様々な国の研究者との交流の中で、家族にとって大事なことは何か、を考えさせられることが多かった。また、自ら子育てに参加してきた経験、さらに、物理学会として研究職における男女共同参画の在り方について取り組んできた経験などから、親子をつなぐものは何か、家族同士をつなぐものは何か、さらに言えば、生物種として自然に獲得してきた個のつながりの在り方と、智慧をもつヒトの特殊性についても、考えてみたい。

 


田中先生田中敦(哲学・宗教学)

ミニ講義タイトル:
いま家族について考えるとは
――理論対実践ではなく、知識対存在の問題として――

個々人が成長していく上で、家族が社会性の基礎になることは基本的に否定できない(私的性格を持つ公共性の基礎)。しかしまた、家族も時代社会を映す縮図であり、社会と無縁ではありえない(相互作用)。現代の家族を考える場合、それは現代社会の曖昧混沌とした状況を反映しており、個人の成長にそうした影を投げかける機縁になっているともいえる。いずれにしても、固定的に家族の役割というものを規定しようとしたり、断定したりしてはならないと思う。そこで、どのようにすれば、いまの時代から遊離しないで少しでも望ましい公共性、社会性の基盤となる家族の姿を描き出せるかが問題となるように思われる。それが個人の抱く理想や願望の投影に終ることなく、現実性の基盤を遊離しない方向性を示しえるか、それが課題だと考え、そのための方法を私は「事実性の解釈学」に求められるのではないかと思っている。

 

2008年11月1日(土), 2日(日) 10:00〜18:00 国際基督教大学
ICU祭実行委員会 0422-33-3315 (TEL/FAX共通)
お問い合わせ:info@icu-fes.com

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